La Vie en rose

パースの中心地を通るミッチェルフリーウエイは、西に横たわるインド洋の海岸線に対してほぼ 並行して まっすぐ南北に伸びている。フリーウエイはCBDを横切るスワンリバーを南に越えると その名前をクイナナに変え、そのまま 南の端の North Yunderupまで続いている。

私が住んでいたフリーウエイの東側のサバーブから海へ行こうとする時、車は フリーウエイを超えた後、緩やかなアップダウンを繰り返しながら 海とフリーウエイの間にある何本かの幹線道路を超えて行く。

フリーウエイを超えてすぐの辺りは、昔、アボリジニの人々の聖地だった湿地帯が住宅地に変わったエリアで、幾つかの湖が その名残りのように南北に連なって 散らばっている。 道は左右に湖を見ながらノースレイク ロードで 1度 谷の底に達し、次のストックロードにむけて ゆっくりと登っていく。道は、そんな風に 海との間にある 小高い丘を幾つも横目に見ながら上がったり、下がったりして進み、やっと ハンプトンロードへと登り切ったところで、真正面に見えてきたフリーマントルの海に向かって降りていくのだ。

フリーウエイの西側のちょっと小高い所なら フリーマントルの海からの風が 目の下に広がる住宅地の屋根や木立ちの上を吹いてくるのが見えるような そんな場所が 幾つもあって、アイリーンの家も そういう小さな丘の頂きのひとつにあった。

ノースレイクロードから大きな四つ辻を海側に右折し、またすぐに 折り返すように東に向かって伸びている小さな道の行き止まりに、5軒ほどの家に囲まれた丸いカルドサックがあって、私達が着いた時 大きな引っ越し用のトラックが止まっていた。止まった車の向こう側から さっきクラスであったばかりのアイリーンが ちょっと小さなびっこをひきながら、歩いてくるのが見える。

彼女は当時既に84才を超えていて、50歳以上の女性が殆どを占める私達の会員の中でも年上の部類に入る年齢だった。

いくつになってもgirlsと呼ばれるオーストラリアの女性たちの 生き生きとして、可愛らしいパーソナリティをそのまま体現しているような人で、人の話をいつも言葉すくなに微笑をたたえて聞いているようなのに、長いまつげに縁どられた大きな空色の目が なにか楽しいいたずらを探しているように キラキラしていた。

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